菌類の研究・科学

シイタケのβ-グルカン:免疫機能への作用と研究の現状

「シイタケを食べると免疫力が上がる」

この言葉を聞いたことがある人は多いだろう。健康食品の広告でも、SNSでも、医療現場でも——文脈によって意味が大きく異なる言葉が使われている。

この記事では、シイタケに含まれるβ-グルカン(レンチナン)の研究を正確に整理し、「食品として食べること」と「医薬品として投与すること」の違いを明確にします。

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β-グルカンとは何か

β-グルカン(beta-glucan)は、グルコース(ブドウ糖)が「β結合」で連なった多糖類の総称です。

真菌類・酵母・穀物(大麦・オーツ麦など)に広く含まれており、構造が少し異なるだけで由来が大きく異なります。

| 由来 | 代表的なβ-グルカン | 特徴 |

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| キノコ(子実体) | レンチナン(シイタケ)、MD-フラクション(マイタケ)| 1-3,1-6結合が多い |

| 酵母 | ザイモサン | 1-3,1-6結合 |

| 穀物(オーツ麦等) | セレアル由来β-グルカン | 1-3,1-4結合。食物繊維として評価 |

シイタケのβ-グルカンは「レンチナン(Lentinan)」という名称で1970年代から研究されており、菌類由来のβ-グルカンの中でも最もよく研究されたものの一つです。

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レンチナンの「免疫への作用」:研究が示すこと

レンチナンは免疫系の細胞(マクロファージ・NK細胞・T細胞など)を刺激する活性を持つことが、試験管・動物実験で示されています。

免疫賦活のしくみ(研究レベルの理解)

レンチナンは腸管内の免疫細胞(パイエル板のマクロファージなど)の受容体(Dectin-1など)に結合し、自然免疫系を活性化するシグナルを引き起こすとされています。この「免疫賦活」という作用が、研究の出発点となっています。

⚠️ 重要な区別: 「免疫が活性化される」という研究室の結果が、そのまま「病気が予防される・治る」という人間での効果を意味するわけではありません。この点は後述します。

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医薬品「レンチナン」の位置づけ

日本では、レンチナンは抗がん剤の補助療法として医薬品として認可されています。

  • 製品名: レンチナン注射液(大鵬薬品工業 ※味の素が開発・発売を経て、現在は大鵬薬品工業が製造販売)
  • 認可用途: 胃がん・大腸がんの化学療法との併用による補助的効果
  • 投与方法: 静脈内注射(経口投与ではない)
  • エビデンス: 複数のランダム化比較試験(RCT)があり、化学療法との組み合わせで生存期間の延長傾向が示されている研究がある
  • この「医薬品レンチナン」は、注射で血中に直接投与されます。

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    「シイタケを食べること」との違い

    ここが最も重要なポイントです。

    食べるシイタケと医薬品レンチナンは別物と考えるべき理由が2つあります。

    1. 分子量と吸収の問題

    レンチナンは高分子多糖(分子量約50万)です。経口摂取した場合、消化管で加水分解・変性が起き、医薬品として静脈投与した場合と同じ形で血中に入るわけではありません。

    食べたβ-グルカンが腸内免疫を刺激するルートは存在しますが、その効果が医薬品投与と等価かどうかは、現在も研究段階です。

    2. 量の問題

    医薬品として投与されるレンチナンの量は、精製・濃縮されたものです。食品として食べるシイタケに含まれる量と、投与量の間には大きな差があります。

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    「食品としてのシイタケ」の健康研究

    食品としてシイタケを食べる場合のヒト研究も存在します。

    注目される研究の例

    免疫細胞への影響(Dai et al., 2015、米国)

    健康な成人52名に対して、シイタケを4週間摂取させた試験では、γδT細胞・NK細胞の活性化マーカーの上昇、炎症性サイトカインの変化が見られたという結果が報告されています。

    ⚠️ 解釈の注意: これは「免疫パラメータが変化した」というデータです。「病気が予防される」「免疫力が上がる」という直接的な臨床的意義はこの研究からは導けません。研究規模・期間も限定的です。

    腸内環境への影響

    β-グルカンは腸内細菌(プレバイオティクス)の基質となり、腸内フローラに影響することが示唆されています。腸内環境と免疫の関連は現在集中的に研究されており、この経路での健康影響は今後の研究が期待されます。

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    「免疫力」という言葉の問題

    「免疫力が上がる」という表現は、科学的に定義が曖昧です。

    免疫系は「高ければよい」という単純なシステムではありません。過剰な免疫活性化は自己免疫疾患・アレルギーの原因となります。「免疫力を上げる食品」という概念は、現代の免疫学の理解とは必ずしも一致しません。

    正確な表現の例:

  • ❌ 「免疫力を上げる」
  • ✅ 「免疫系の細胞に影響を与える成分が含まれている」
  • ✅ 「免疫賦活活性が試験管・動物実験で確認されている」
  • ✅ 「医薬品として化学療法補助用途に認可されている(注射剤)」
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    AfterRainの立場

    菌類メディアとして、私たちは次のように整理しています。

  • シイタケに含まれるレンチナンは、医薬品として一定のエビデンスがある物質
  • 食品としてのシイタケを食べることの健康影響は「研究段階」
  • 「食べると免疫力が上がる」は現時点では科学的に過大な表現
  • シイタケはおいしく栄養豊富な食材として積極的に食べてよいが、「薬」として食べる根拠は現時点では弱い
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    まとめ

  • シイタケのβ-グルカン「レンチナン」は、免疫系への作用が研究されている物質
  • 医薬品として: 静脈注射によるがん化学療法補助用途で日本で認可済み(一定のエビデンスあり)
  • 食品として: 腸管免疫への影響や腸内環境改善の可能性が研究中。医薬品投与と同等の効果とは言えない
  • 「免疫力を上げる」という表現は科学的に不正確。免疫系は複雑で、単純に「上げる」ことが健康につながるわけではない
  • シイタケを食べることを否定する意図はまったくない。おいしく、栄養があり、調理の汎用性が高い食材だ。ただ、健康食品業界が使う「免疫力アップ」という言葉の意味を、一度立ち止まって確認する価値はある。

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    参考文献

  • Wasser, S.P. (2002). "Medicinal mushrooms as a source of antitumor and immunomodulating polysaccharides." Applied Microbiology and Biotechnology, 60(3), 258-274.
  • Dai, X., et al. (2015). "Consuming Lentinula edodes (Shiitake) Mushrooms Daily Improves Human Immunity." Journal of the American College of Nutrition, 34(6), 478-487.
  • 大山勝弘 (2018).「キノコの薬理学的研究の現状と今後の課題」日本食品科学工学会誌, 65(6).
  • 厚生労働省 医薬品情報 (2024).「レンチナン注射液 添付文書」.
  • 菌類学アドバイザー社内ファクトシート (2026-03-24).
  • ファクトチェック完了(菌類学Adv, 2026-03-27) — 修正1件(製造販売元: 味の素 → 大鵬薬品工業)。Adv評価「モデルケース」

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